チームの「和」を乱す人は罰せられるべきなのだろうか。今年度から小学校で使われはじめた道徳の教科書に「集団生活を乱さないことは、個人の考えより重要」とする教材が載っている。教育行政に詳しい寺脇研氏は「この教材は、作者の意図と異なり、『守るべき規範』を押し付けるものになっている」と指摘する――。(第1回)

■物議をかもした「星野君の二塁打」

 小学校の道徳教科書で、もっとも議論の対象となったのが6年生の教科書に掲載されている「星野君の二塁打」という教材である。

 【星野君の二塁打】

 (打てる、きっと打てるぞ! )

 星野君は、強くバットをにぎり直した。

 (かんとくの指示は、バントだけれど、今は打てそうな気がするんだ。どうしよう……。)

 ピッチャーが第一球を投げ込んできた。星野君は反射的に、思いきりバットをふった。

 バットの真ん中に当たったボールは、ぐうんとのびて、セカンドとショートの間をあざやかにぬいた。ヒット!  ヒット!  二塁打だ。

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この後、チームは市内野球選手権大会出場を決めます……が、監督の別府さんがみんなを集めて話します。

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「みんな、昨日はよくやってくれたね。おかげで、ぼくらのチームは待望の選手権大会に出場できることになった。本当なら心から、『おめでとう。』と言いたいところだが、ぼくにはどうも、それができないんだ。」

 「はっきり言おう。ぼくは、昨日の星野君の二塁打が納得できないんだ。バントで岩田君を二塁へ送る。これがあの時チームで決めた作戦だった。星野君は不服らしかったが、とにかくそれを承知した。いったん承知しておきながら、勝手に打って出た。小さく言えば、ぼくとの約束を破り、大きく言えば、チームの輪を乱したことになるんだ。」

 「いや、いくら結果がよかったからといって、約束を破ったことに変わりはないんだ。いいか、みんな、野球はただ勝てばいいんじゃないんだよ。健康な体を作ると同時に、団体競技として、協同の精神を養うためのものなんだ。ぎせいの精神の分からない人間は、社会へ出たって、社会をよくすることなんか、とてもできないんだよ。」

 「ぼくは、今度の大会で星野君の出場を禁じたいと思う。そして、しっかりと反省してほしいんだ。そのために、ぼくらは大会で負けるかもしれない。しかし、それはしかたのないことと、思ってもらうよりしようがない。」

 星野君はじっと、なみだをこらえていた。

 これは、学習指導要領に掲げられた小学校高学年用の項目名そのもので、その指導内容である「先生や学校の人々を敬愛し、みんなで協力し合ってよりよい学級や学校をつくるとともに、様々な集団の中での自分の役割を自覚して集団生活の充実に努めること」を教えるために、この「星野君の二塁打」の話を入れましたよ、ということをわざわざ念押ししているのだ。

10月9日 プレジデントオンラインより抜粋

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このお話は元々、道徳のために作られた話でもなく、実際の原作は今で言う甲子園に行く話だそうです。

それを都合良く少年野球に話を変えて、ラストも変えているとか。
もはやそれって違う話なんじゃ……。
原作として使われた人がかわいそうです。

プレジデントオンラインではより細かくどう変えられたか書かれているので、ご覧ください。

道徳なんてずっと1年生くらいのを教えているのがいいと思うんですよね。 乗り物の中で大きな声で話さない、乗り降り口に立たない、横断歩道をちゃんと渡る、道にごみを捨てないとか。これを中3まで教え続ければかなりいい社会になる気がするのですが。

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